消防士になって後悔したことは、あります。
現役14年目の消防士です。救急救命士の資格も持っています。「消防士ってかっこいいですよね」と言われるたびに、少し複雑な気持ちになります。
この記事では、きれいごとを抜きにして話します。肉体的なきつさ、精神的なつらさ、後悔した瞬間、世間のイメージとのギャップ——そして、それでも続けている理由まで。消防士を目指している人にも、身近に消防士がいる人にも、読んでほしい内容です。
📋 この記事を読むと分かること
- 消防士の肉体的・精神的なきつさのリアル
- 「なんでなったんだろう」と思った具体的な瞬間
- 給与・生活面で感じた後悔
- 世間のイメージと現実のギャップ
- 14年続けられている本当の理由
肉体的なきつさ——消防士の体は常にギリギリです
①訓練の最中に出場指令がかかる
消防署では日々、体力的にギリギリな訓練をしています。そのさなかに出場指令が入ることは珍しくありません。疲弊しきった体のまま、気持ちを切り替えて現場へ向かう。これが消防士の日常です。
②深夜の出動後、”半覚醒状態”が24時間続く
深夜に出動して帰署したあと、また指令が入る。仮眠室に戻っても「また鳴るかもしれない」という緊張感で眠れません。あの半覚醒状態が24時間ずっと続く感覚は、経験した人にしか分からないつらさです。慢性的な睡眠不足は、消防士のほぼ全員が抱えている問題だと思います。
③真夏の火災現場、防火服の中は50℃超え
真夏の火災現場での活動は、想像を超えた環境です。防火服の中の気温は50℃を超えることもあり、水分を摂りながら活動していても熱中症ギリギリのラインで動いています。手足に痺れを感じながら活動することもありました。「もう限界かもしれない」と思いながらも現場を離れられない、あの感覚は今でも忘れられません。
④補充勤務による連続勤務
欠員が出たときなどに入る補充勤務には2つのパターンがあります。
① 通常の24時間勤務が明けた後、そのまま17時まで勤務が延長されるパターン。
② 翌日の24時間勤務の前日17時から入るパターン。
どちらも体への負担が蓄積しやすく、プライベートの予定も読みにくくなります。非番のはずが呼び出されることもあり、「普通の休みがほしい」と感じる瞬間のひとつです。
精神的なきつさ——これは誰にも言えないことがあります
①子どもが亡くなった現場のあと
子どもが亡くなった現場のあと、家に帰って自分の子の顔を見られなかった日があります。あのとき何を感じていたのか、今も言葉にするのが難しい。消防士はそういう現場を経験しながら、翌日も署に出勤します。
②「あのとき30秒早ければ」が止まらない
救助が間に合わなかった案件は、何年経っても頭の中に残ります。「あのとき30秒早ければ」「あの判断が違えば」——そういう思考が、ふとした瞬間に戻ってきます。これは慣れることができません。
③上下関係の厳しさ・体育会系の文化
消防は組織の性質上、体育会系の風潮が今も色濃く残っています。厳しい上下関係、仕事の延長線上の飲み会——「断れない空気」は確実にあります。近年は少しずつ変わってきていますが、まだ完全にはなくなっていません。
14年経った今もきついこと
- 子どもや若者の現場は今もダメです。遺体現場には慣れたと思っていても、若い命の現場だけは、14年経っても感覚が変わらない。
- 後輩の育成が難しくなっています。自分がされてきた指導スタイルを引き継ぐことと、今の「ハラスメント」という言葉が飛び交う時代のバランスを取るのが、想像以上に大変です。
- 消防学校での専科教育は退職まで続きます。消防は生涯教育の世界です。何度も消防学校での教育を受ける機会があります。現場経験を積んだベテランになっても、また学校に戻る。それ自体は悪いことではありませんが、正直しんどいと感じることもあります。
「なんでなったんだろう」と思った瞬間
友人の結婚式に出席できなかったとき
非番のはずが、急な補充召集で結婚式を欠席したことがあります。「普通に土日が休める仕事がよかった」と、本気で思いました。消防士をやっていると、家族の行事にも参加できないことが何度もあります。子どもの運動会、家族の誕生日——土日が保証されていないことの代償は、思ったより大きいです。
住民から避難されたとき
全力で助けようとして現場に向かったとき、住民の方から避難されたことがあります。こちらの意図が伝わらない、理解されないもどかしさ——「思って活動していること」が届かないときの感情は、言葉にしにくいものです。
給与・生活面で感じた後悔
- 民間・国家公務員の同期との差。10年後に給料の話をして、その差に驚きました。地方消防の給与は、思ったより上がっていきません。
- 副業ができません。家族が増えても収入の上げ方が限られるのは、公務員全体の問題です。でも、それが一番もどかしいと感じる瞬間は確かにあります。
- 家族の行事への参加が難しい。土日が固定休みでないため、子どもの学校行事・家族の記念日をどうしても優先できないことがあります。
世間のイメージとのギャップ
「休みが多い」は大きな誤解です
消防士は「隔日勤務で休みが多そう」と思われがちです。しかし実際の職場拘束時間は、様々な業態の中でも上位に入るレベルです。24時間署にいる、という事実を忘れてはいけません。
実際の業務の7割は救急・点検・訓練です
ドラマの消防士は毎回ドラマチックな救助をしています。でも現実は違います。業務の大半は訓練・救急搬送・車両点検・ホースの畳み直し・車両清掃・書類仕事です。活動記録・訓練報告・予算書類——デスクワークも普通にあります。地味な繰り返しが、消防士の日常のほとんどを占めています。
「体力あっていいな」——その体力は維持するために非番でも動いています
体力は勝手についているわけではありません。非番の日もトレーニングをして、体力を維持し続ける。それは半ば義務のようなものです。「体力があっていいな」ではなく、「体力を維持し続けなければならない」というのが実態です。
それでも14年続けられている理由
ここまで読んで「消防士ってしんどい仕事だな」と思ったはずです。正直そうです。でも、やめていないのには理由があります。
心停止の人が戻ってきたとき
AEDと心肺蘇生で、心停止の方が戻ってきた瞬間があります。「この仕事でないと経験できない」と思える数少ない瞬間のひとつです。あの感覚は、他の仕事では絶対に味わえません。
数年後にばったり会った人から「ありがとう」
数年後に街でばったり会った方から「あのときありがとうございました」と言われたことがあります。覚えていてくれた、ということが、単純にうれしかった。あの瞬間、この仕事を続けてきてよかったと思いました。
現場で子どもに「かっこいい」と言われたとき
活動中に子どもから「かっこいい」と言われる瞬間があります。疲れていても、その一言で顔が上がります。自分の子どもからも「お父さんの仕事すごい」と言われたとき、素直にうれしかった。
厳しい先輩に褒められたとき
ずっと厳しかった先輩から、現場でひと言褒めてもらったとき——あれは今でも覚えています。消防という世界では、そのひと言の重みが違います。
後輩が一人前になって、自分を助けてくれたとき
指導してきた後輩が一人前になって、現場で自分を助けてくれた瞬間がありました。「育てた」という実感と、「頼れる仲間ができた」という安心感が同時にきます。あれは、消防士としての喜びのひとつです。
「助けに行ける立場」でいられること
東日本大震災、能登半島地震——大きな災害が起きたとき、「助けに行ける立場」でいられることの安心感は、この仕事をしていないと得られません。自分が動ける側にいられる、という事実が、消防士を続ける大きな理由のひとつです。
14年で積み上げた知識と判断力は日常にも活きています
現場で培った判断力、救急で学んだ医療知識、防災の感覚——これらは日常生活のあらゆる場面で活きています。家族が急に体調を崩したとき、地域で何かあったとき。14年で積み上げてきたものは、他では代えがたいスキルだと感じています。
まとめ——それでも、消防士という仕事を選んだことを後悔していません
きついこと、後悔したこと、たくさん書きました。これは全部本当のことです。
でも、「消防士になったことを後悔しているか」と聞かれたら、答えはNoです。14年間で経験したこと、助けられた命、育てた後輩、積み上げてきたもの——それは、この仕事を選ばなければ絶対に手に入らなかったものです。
これから消防士を目指している人に伝えたいのは、「覚悟を持って来てほしい」ということです。かっこいいだけじゃない。きれいごとだけじゃない。それでも選ぶ価値がある仕事だと、14年目の自分は思っています。

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